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どこの国でも、朝、目覚めた瞬間、言葉より先に台所から聞こえてくる音がある。イタリアなら『ポック、ポック、ポクポクポク、ポポポ、、、』カフェッティエラが興奮してクレッシェンドする音。日本ならご飯を炊く鍋から吹き出る湯気をバックに『トントントン』また板の上で小気味よく叩かれる菜切り包丁のパーカッション。枕に顔を押しつけたままその音に聞き入るのが幼い子供なら、そこに大人の存在を感じて安心するものだ。

 「いいか!『だし』ん中に海のもんと陸のもんがいっしょにいるで、良い『うま味』っちゅうもんが生まれるんや。」 
我が家の場合、その大人とは料理好きの父だっだ。
 
 素材の新鮮さを際立たせる日本料理は、味つけも複雑というより繊細なものが多い。だが決して単純ではない。それは煮物、汁物、焼き物のタレ、揚げ物や麺類のつけ汁、和え物から、蒸し物に至るまで多くの料理で『だし』を用いることで味に深みと広がりを構築する味覚『うま味』を与えているからだ。単純な塩味や甘辛とは違う深い味わいが素材の持つ世界を広げている。北海道の凍てつく海水に揺らめく昆布、太平洋の沖合を悠々と回遊するカツオ、広葉樹の倒木にしっかりと根を張り木々の活力を吸ったシイタケ、これらを天日やその他の工夫を用いて極限まで乾燥させ『うま味』を凝縮させると、今度は再び水に戻してその『うま味』を引き出す、こうした知恵を日本人は古くから心得ていた。
 
 経典に収められた真理のように大事に繰り返していた父の言葉が『だし』の素材選びを指していたのだと最近になって漸く気がついた。父は戸板のように硬くしっかりとした昆布と自分で栽培し天日で根気よく乾燥させたとっておきの乾しシイタケから『だし』をとっていた。母方の祖父は昆布よりかつお節にこだわり、クルミの木よりも硬そうな節をツックツックとこれまたリズミカルに削っていた。子供だった私はそれが薄桃色のおが屑のようになって小さな引き出しから出てくるのをワクワクして見つめていたし、その温かな味の広がる『だし』の特徴はみそ汁になった時にもはっきり感じ取ることができた。
 
 が、父にとって昆布とシイタケが『だし』のすべてだった。前の晩に乾しシイタケをつけておいた水に昆布を入れて一煮立ちさせた『だし』をとる。水田で一仕事を終えた父は午前6時にはその足で台所に立っていた。彼の癇癪持ちが神経質な動きから伝わってくる。右手で包丁をトントン空たたきしながら、ネギだのナスだの台所にある野菜を適当に選んで手に取るとそれを前と同じリズムでぶつ切りにし無造作に『だし』にぶち込んだ。大豆を麹などと発酵させた甘めの味噌を溶いた男のみそ汁は美味しかった。夏場、冷やしたものを口にしても単なる塩気ではなく、確かに潮の強さと陸のエネルギがぶつかる『だし』のうま味をもったみそ汁の中でネギも、人参も、ジャガイモも活きいきと生い立ちを語る。冬の凍える朝にはだしに酒粕を加えたかす汁になって冷えた体を温めた。
 
 父は、大阪の親戚を訪ねた時もやっぱりだし汁を用意し、午前6時に台所に立った。冬のことで酒粕入りのみそ汁は都会育ちの一家を魅了した。すでに人工的にグルタミン酸を抽出した調味料が日本の忙しい家庭で重宝していた時代のことで、炊き立ての白米と温かいみそ汁が一家にインパクトを与えるのはたやすいことだった。
 「忠信さんのみそ汁がないと朝が迎えられんようになってもぉてな。『ああ、今日からあのみそ汁がないと思うとっ』て、みんなで淋しがっとったんよ。ほしたら!」伯母が母に電話してきた。
 
  父は一家の目覚めるずっと前に大阪駅から北陸に向かう列車に乗っていた。うなだれるようにパジャマ姿で台所に降りてきた私の従妹がレンジの上におかれた大鍋の蓋をとって驚きの声を挙げたという。
 「いつの間に用意したんやろう?よう礼を言うといてな。どんだけ元気が出たことか!」