オリーブを中心に回る、香川の循環型農業を訪ねて
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日本列島旨いもの案内 vol.4 香川県
オリーブを中心に回る、香川の循環型農業を訪ねて
text by Reiko Kakimoto / photographs by Daisuke Nakajima
イタリアのみなさん、日本でもオリーブオイルが生産されていることをご存知ですか?
日本の内海、温暖な気候に恵まれた瀬戸内海に浮かぶ香川県小豆島は、日本のオリーブ栽培発祥の地。そこでは、オリーブオイル作りから派生した、循環型農業が行われています。
「新しい農業のかたち」とオリーブの搾りかすをエサに育つ「オリーブ牛」を訪ねて、農産物流通コンサルタント“やまけん”こと、山本謙治さんと香川県小豆島へ向かいました。
100年の歴史をもつオリーブの島へ

小豆島と聞いて、何を思い浮かべるだろう。
古くは醤油や素麺、佃煮の産地としてそのを知られたが、今はオリーブを思い浮かべる人が多いかもしれない。
それもそのはず。瀬戸内海に浮かぶこの島で、オリーブ栽培が始まって早100年。
明治41年にオリーブの苗木を輸入し全国3県にえたところ、ここ小豆島だけに根付いたという。今や全国のオリーブ収穫量の99%が香川県産だ。
その「オリーブの島」でオリーブオイルの搾り果実を食べて育つ牛がいるという。
そのも「オリーブ牛」。
自らも肉牛のオーナーであるやまけんさん曰く「牛肉の味は血統とエサで決まる」。
ということで、まずは、収穫真っただ中のオリーブ農園を訪ねた。
「オイル用には主にルッカという品種を使います。苦味と辛味が穏やかで、完熟しきっていないリンゴのような爽やかな香りが特徴ですね」と案内してくれたのは、「東洋オリーブ」の土居秀浩さん。
昭和30年創業、日本最大のオリーブ園を持つ老舗だ。
「香川県は小雨の地域ですが、海外の主要なオリーブ産地に比べると雨が多い。オリーブの実のオイル含有率も海外の3分の2ほどです。そこでオイル含有率が高くなり旨味が増す完熟を待って収穫します。早摘みのグリーンオリーブを搾ったオイルに比べると味は穏やかですが、それこそが和食に合うオリーブオイル、日本ならではの味だ。と思っています」と搾りたてのオリーブオイルを味見させてくれた。
「ん! 果実のニュアンス。ピリッとした軽い刺激の後に、オリーブの香りがぶわっと立ちます。まるでジュースのよう」とやまけんさん。
完熟した実もさぞかしおいしいだろうと一つ齧って、強烈な渋味と口の中に残るえぐみに、しばしフリーズした。
こんなに渋い実の搾りかすを、牛が食べるのか?
もちろん、そのままでは牛は食べない。
動物も寄りつかない渋味をもつオリーブの搾りかすを、搾油場内にある乾燥機で7時間半かけて乾燥し、水分量を10%未満にすると、カラメルのような香りとほのかな甘味が生まれるのだ。
これが、オリーブ牛の飼料となり、牛糞は肥料にしてオリーブ栽培に生かされる。
「渋柿を干すと甘くなる。干し柿の原理を思いついたんです」と話すのは、オリーブ牛の生みの親、小豆島畜産部会長の石井正樹さんだ。
瀬戸内の温暖な気候に恵まれた小豆島は古くから畜産が盛んだったが、最盛期には約200戸あった畜産農家が6戸にまで減り、
「何をすれば特長のある、おいしい牛肉になるかとずっと考えていました。あるとき品評会で、旨味成分のオレイン酸測定値が審査基準に加味されると聞き、ああ、オレイン酸ならオリーブに含まれているじゃないか、と」。
そして搾油工場から譲り受けた搾りかすの飼料化に向けて、一人で実験を始めたのが平成18年のこと。
オリーブの搾りかすを海岸に敷き詰め、1日2回ひっくり返すという地道な日々を経て、3年かけてオリーブ飼料を完成させた。
この土地だからつくれるオンリーワンの味
オリーブ牛には、出荷前2カ月以上、1日100g 以上のオリーブ飼料を与える。飼料にはオイル成分が約25%残っているので、出荷前に約1.5ℓのオリーブオイルを摂取する計算に。毛並みも艶やか。
石井さんが出荷前の丸々太った牛にオリーブ飼料を与えると、「ンモー」と嬉しそうな声を出して牛舎から牛たちが寄ってきた。
舌で器用にオリーブ飼料だけ嘗めている牛もいる。
「肥育段階の牛がこんなに食いつきがいいなんて」と、やまけんさんもびっくり。
「搾りかすの中に残っているオイル成分が原因でしょうか。最初は飼料のことは公表せずに出荷したところ、初めて『いい肉だ』と褒めていただいて、ほっとしました」。
石井さんの育てたオリーブ牛が初出荷されて以降、飼料作りが機械化され、今では県内78戸の肥育農家がオリーブ牛を手掛けている。
結果、讃岐牛の歴史もまた受け継がれる。
「〝脂があっさり食べられる〞というのは、黒毛和牛の生き残る道の一つだと思います。オリーブ牛は、脂がのっていながらくどさがない。何より、香川でしかつくれないエサを食べている。この土地だからこそできる〝オンリーワン〞の味と、循環型農業の両方を実現できているのは、ひとつの理想形」と、やまけんさん。
ここにあるもので旨いものをつくる。そのシンボルがオリーブにある。
<オリーブを中心に回る香川の循環型農業>
オリーブの収穫時期は10 ~12 月。黒く完熟したものから一つひとつ手摘みし、その日のうちに搾油場へ。
果実をペースト状にし、練り込むことで油分を分離、油に香りを移す。搾りたてのオイルはリンゴや梨に似たフルーティな味わい!
遠心分離器で圧搾すると大量の搾りかすが残る。生の搾りかすは渋味が強いが、高温で熱風乾燥させることにより、オリーブの糖分がメイラード反応をおこし、甘いカラメル風味が生まれる。
オリーブ牛の炭火焼。「焼いたときの脂の香りが違う」という料理人も。
<オリーブの葉もこんな風に循環しています>
2月に剪定したオリーブの葉を乾燥→粉末にしたものを2%以上飼料に加え、20日間以上与えた養殖ハマチが「オリーブハマチ」。
オリーブの葉に含まれるポリフェノールの抗酸化作用で、血合いが鮮やかで臭みも少なく、まろやかな脂がのる。
<香川県産オリーブオイルを使って、オンリーワンの味づくり>
(左)小豆島内にある製麺所「中武商店」では、搾油時に出るオリーブ果汁を麺に練り込み、素麺作りの過程で使う油もオリーブオイルを使用。(右)島宿「真里」では、小豆島産オリーブの新漬けを炊き込んだ「オリーブご飯」をスペシャリテに。最後に小豆島産オリーブオイルをひとたらし。
山本謙治(通称:やまけん)
農産物流通コンサルタント、農政・食生活ジャーナリスト。農業や漁業、畜産に関するリサーチやコンサルティング、商品企画などを手掛け、全国を駆け巡る。