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Giappone e la Nostra Italia: Camerino - 日本からカメリーノ村へ

Motoko Iwasaki | 07-04-2017

Anche il Giappone si è mobilitato per sostenere le persone colpite dal terremoto in centro Italia

Questo pezzo è stato pubblicato in italiano a questo link

 

日本からカメリーノ村へ

 

5000円で東アフリカの子供6人に1週間分の栄養治療食(日本語ページ)が提供でき、42ユーロあるとシリアで屋根の代わりの防水布が3家族に提供できる(イタリア語ページ)と国際NGO団体「Save The Childrenによる寄付の呼びかけにはある。飢えに苦しむ途上国の子供たち、紛争で家と家族を失った人への手助けをするためのいくつかの目安。ならば日本やイタリアには震災で家や家族を失った人がいる。そんな自分たちの仲間には一体どれだけの援助をしたら、どんな援助ができるのか?

Facebookで日本の女性と会話をしていたら、突然、通話に切り替えされて慌てた。彼女は入院中で病室から連絡をくれていたはずだったからだ。応答ボタンを押すと彼女の声が聞こえた。
「ねえ、もう少し時間をくれないかしら?あと一か月もすると復活祭でしょう?義捐金も集まりやすいと思うのよ。」私が婦人の体調を心配すると「大丈夫、こういう話は早く決めたほうがいいの。貴方の声も聞けたしね。」
日本時間はすでに夜の10時を回っていたのに病床の彼女は明るく笑った。
彼女とは数日間、仕事でイタリアを一緒に歩いてから楽しいやりとりが続いていた。翌朝、目覚めると彼女から関係者と話を通したからとすでに連絡が入っていた。やっぱり病院からだった。

『料理通信』の協力による「マルケ州カメリーノ村支援募金 in Japan」、その始まりは2016年のクリスマスを前にパオロ・マッソブリオが『料理通信』のために綴ったマルケ州のカメリーノ村で作られるトッローネの話だった。イタリア中部の震災で大部分が倒壊してしまった村だ。
『祝いの日とは、それが真の祝いの日なら、普通の暮らしに戻りたいと願う人たちが味わっている今日のドラマを忘れてはいけないのではないか』パオロは記事をそう締めくくった。

残念なことに地震は多くの写真データも破損し、この記事掲載に必要な写真が足りず、作業を難しくした。だがその数日後、カメリーノ村の写真を夫が転送してきた。どんな魔法を使ったのかと冗談交じりに訊くと、マチェラータ県庁の責任者に連絡を取ったところ、カメリーノ村の教区教会のブランキ神父が危険地区にある彼の教会に戻り瓦礫の下からパソコンを探し出し、写真を復元して送ってくれた。そう言って夫は喉を詰まらせた、『村の人の役に立つなら』と言っていたと。

募金活動は、2月中旬に始まり現在の集計で250,000に達している。前述の女性のように日本の友人たちがこれまで聞いたことすらないイタリア中部の小さな村に心を向けてくれた結果だ。

日本でも昨年、熊本県に大きな地震の被害にあり支援を必要としている。それにイタリアのこの地震が日本でも報道されていてもその被害の大きさや支援の必要性はあまり報道されていない。難しいだろうと覚悟していた『料理通信』と私たちの呼びかけだが、仕事の合間をぬって郵便局に足を運び送金してくれた人、Il Golosarioの仲間にはすでに馴染みの音楽家グループ『Compagnia Musicaleなでしこ』の音楽家たちなど応えてくれた人たちは少なくなく、雑誌『イタリア好き』や仕事でビエッラに生地の買い付けに来られて知り合ったカップルもFacebookで呼びかけを共有してくれた。さらに思いもよらず大きな助けとなったのは、日本のいくつかのカトリック教会からの支援だった。兵庫の夙川カトリック教会、長野の佐久カトリック教会、そして以前からお付き合いのあるカトリック碑文谷教会のロロピアナ神父の引き合わせでサレジオ会からはドンボスコ基金が募金の窓口を務めて下さったばかりでなく、カトリック下井草教会からも大きな支援を頂いた。

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月末、カメリーノのブランキ神父に途中経過を伝え、支援金の適切な使い道があるか尋ねると躊躇なく答えた。
「あります。明日の生活にも困る状態の家庭が数件あります。彼らに手渡したい。」そう言ってから今度は少し迷い気味に言った。
「出来れば、、、私たちの教会も現在、仮設スペースを使っていますが、実はその光熱費や電話代などを支払う余裕がありません。そこにも一部を使わせてもらえないでしょうか?」
あのパオロの締めくくりの言葉を思い出した。

イタリアが豊かな国である分、文頭にあるようなこの地域への支援の具体的な目安を試算することは難しい。それでも今日のドラマとの闘いを離れ、安心して未来を夢見る子供の顔とそれを照らす大人の眼差しが目にできる日はきっと来る。
最後に、イタリアから温かい言葉と一緒に協力くださった日本の全ての皆さんに、この場をお借りし、深くふかく感謝をいたします。本当にありがとうございました。 

 

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