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Giappone e la Nostra Italia: shochu - 芋焼酎の話:平賀源内と一休法師

Motoko Iwasaki | 17-05-2017

L'incontro con Yoshitugu Kitagawa, capo vinificatore della Distilleria Oishi di Akune

Questo pezzo è stato pubblicato in italiano a questo link

芋焼酎の話:平賀源内と一休法師

 

「全員そろったか?」古参のメンバーがテーブルを見渡したまさにその瞬間、宴会場のベランダに面した窓がパタンと開いて忍者が現れた。
「参上!!
驚く私とクラウディオをよそに、地元の参加者は一様に見て見ない振りをした。
さあ、焼酎を用意するか。」「ああ、なら私が。」「ポットとアイスペールはそこね!」皆うつむき加減に黙々と手だけを動かす。
「参上!」忍者は自分の存在をもう一度アピールした。不憫に思ったクラウディオ、「あなたは誰ですか?」
「忍者です!!一番先に着いて待ってるのに退屈したから皆さんに楽しんで頂こうと。」
鹿児島県阿久根の農林水産物加工品生産者グループの招きで参加した夕食会のこれが始まり。これからどんなことが起こるのだろうと目を白黒させながら、作ってもらった焼酎のお湯割りをゆっくり啜った。懐かしい芋焼酎独特の香りが鼻と口に広がる。鹿児島の大地のぬくもりがあった。

その昔、日本の南方にある温暖な気候の地域では、冬場の低温を利用して醸す美味い清酒の製造は困難だった。そんな場所では清酒を製造できるようになった今でもこの『焼酎』と呼ばれる蒸留酒を主に生産している。九州の熊本では米で、長崎なら麦で、そして宮崎や鹿児島は芋つまりサツマイモを用い、米麹(芋麹や麦麹などの場合もある)を合わせアルコール発酵したものを蒸留機にかける地域色のより濃い酒だ。過去30年ほどで蕎麦や栗、黒糖も原料に蒸留するところが出てきた。
ワイン粕を用いていないからグラッパではない。麦は使っていても発芽していないからウィスキーとは違う、白樺の炭でろ過していないからウォッカでもない。それでもアルコール度数36から45度と逞しい蒸留酒を日本人は、冬なら乳飲み子に与えるほ乳瓶程度にやさしく温めたお湯で緩めて口に流し込み、夏なら蒸留にじっくり時間をかけたものに大きな氷を落として食事と一緒に楽しむ。清酒とは違うドライ感覚と温もりをもった良い酒だ。

鹿児島県阿久根にある大石酒造の5代目当主大石啓元(ひろもと)さんは元エンジニア。焼酎製造にも探求心を欠くことなく、かぶと釜という100年ほど前まで一般的に使われていた蒸留器を復活させた。
「もう何度も博物館に通ってね、目測したり、想像したりして図面を引いてね、でも、最後は試行錯誤しかないからね。」
壁にあったかぶと釜蒸留器の絵図面を外してテーブルに置くと、子供のような輝く眼で語り続けた。昔はカブト釜を『ランビキ』といったそうだ。ランビキ?イタリア語でも蒸留器は『アランビッコ』。ヨーロッパかアラブに語源に語源があるのか?少なくとも1500年代には既に日本に存在していた焼酎だが、その起源は明らかにはされていない。そんな話を酒の肴に大石さんの焼酎を口に含むと、舌の上で柔らかな味わいの奥にあの芋独特の臭みも心地よく響いた。

大石さんと二人三脚で芋焼酎の製造に励むのが忍者こと若き工場長の北川善継さん。
「大学はなんとなく面白いから岩石やら生物学の研究をしてましたが、大学を卒業したら一生働かずに生きていこうと決めていたんです。」言葉どおり京都大学を卒業した後、2年間ふらふらと過ごした。求めればどんな仕事もどんな職場も用意されていただろうに。
それがある日「人生でたった一度働いてもいいかな、と思った瞬間があって、たまたま隣にいた人からたまたま大石酒造に求人があると言われて、ここに面接に来ました。1年間、アルバイトして、ほんであともう1年、その後、社員になって、これで、ああ!? もう15年になるなあ。それが、僕がここで働いている理由です。」
やっぱり摩訶不思議な逸材で、彼の何ものにも囚われることのない自由な精神を軽やかな言葉の裏に感じる。緻密な哲学をもって励まないとビジネスでの成功を得にくいのが今の日本だ。例えばイタリアンのシェフやワインの作り手を目指す若者も、はっきりした目的と輝く夢をもってイタリアに渡ってきて身を粉にして働く。同じ日本の南端で北川さんはまるで一休法師の軽やかさで時空を渡っていた。
「大石さんですか?父親とも違うし、師匠いうのとも違う。難しいな、適当な言葉が見つかりません。強いて言えば生活の糧を与えてくれる人、やね。」彼は飄々と続けた。
「仕事が辛いと思ったこと?あります。癌になった時。仕事で疲れて帰宅するのに痛みで夜眠れんし。病を患っていると気づくまでは本当に辛かったです。入院して、ベッドで寝てた時が一番幸せでした。ああ、楽ちんな人生やな、、、って」
それでも退院後、彼は相変わらず大石酒造の杜氏を続けている。情熱を語らない代わりに愚痴も言わない。
「もともとお酒は強い方じゃないんです。量は飲めない。でもお酒を楽しむことは好きやし、一番好きなお酒はと聞かれたら、やっぱり焼酎っていうなあ。」

夕食会の数日後、グループの一人からメッセージが届いた。
 『大石酒造の北川さんですが、岩崎さんの姿を見かけてその日の朝蒸留したての焼酎を飲んでもらおうと宿に持って走ったそうです。が、旅立たれた後で残念だったと。』
その時の彼の気持ちに感謝をしたら、そんなことがあったっけ?忘れていました、と、やっぱり軽く笑っていた。

大石酒造
http://www.oishishuzo.co.jp/top.html
899−1625 鹿児島県阿久根市波留1676
TEL 0996−72−0385  0120-038-567
FAX 0996−72−0386  
営業時間: 8時から17時(月~金)

E-mail:
kuramoto@oishishuzo.co.jp

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